大和の古墳探索

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zoom RSS 鏡王女墓(かがみのおおきみ)  更新版

<<   作成日時 : 2014/09/27 05:09   >>

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★ 所在地:桜井市忍阪字女塚
★墳丘:外鎌山の南緩斜面上にある15〜20mの南面する円墳。(上円下方墳との説もある。)
★埋葬施設:不明(横穴式石室??)
★出土遺物:不明
★築造年代:不明
★発掘調査:未
★被葬者:額田王の姉で天智天皇の妃、中臣鎌足(藤原鎌足)の室で万葉歌人の鏡王女(天武12年・683年没)の押坂墓とされている。

 『万葉集』初期の女流歌人。鏡姫王、鏡女王とも記される。系統不詳。本居宣長以来の額田王の姉かとする説、その墓の位置から舒明天皇の皇女かとする説などがあるが、決めがたい。初め天智天皇の愛を受けたようだが、のち藤原鎌足の正室となつた。いまの興福寺は、鎌足が病気のとき、鏡王女によって建立された。683年(天武天皇12) 7月没。その前日天武天皇が見舞っている。作品は短歌5首。天智天皇、鎌足との相聞、額田王との唱和の歌がある。作風は機知的、社交的性格をもつが、早くも内省的叙情性の高い歌もある。
[橋本達雄](日本大百科全書(ニッポニカ)

舒明天皇陵(段の塚古墳)の横を流れるせせらぎの傍に犬養孝揮毫の鏡王女の歌碑があります。万葉歌碑は数多くありますが、これほど歌詞と風土がピッタリくる場所もないと言われています。「秋山乃 樹下隠 逝水乃 吾許曽益目 御念従者」わずか三十一文字の中に、内に秘めた女心を見事に詠いあげています。この歌碑の辺りから視界が一気にひろがりこの場所から鏡王女墓が見えるのです。、この場所はまさには「万葉の世界」への入口です。(写真の左上方が鏡王女墓)
 

王女の墓には以前19本の松がそびえていてそれは素晴らしい景観だったようです。(入江泰吉氏の写真でもしられます)しかしながらこの松も虫害で今はなく代わりに杉が植わっていますが、年月を重ね今は完全に古墳と同化し、いい雰囲気になっています。前置きが長くなりました。肝心の古墳の紹介ですが発掘調査がされてないので詳細は全く不明ですが奈良県教育委員会発行の「奈良遺跡地図」には15A−76(鏡皇女陵)円墳、径15mとだけ記載されています。一見、宮内庁管轄かと思う雰囲気をかもしだしていますが今は地元の忍阪区で管理されています。(古墳正面の看板にある談山会は、今は実在しません。)鏡王女は、はじめ天武天皇のお妃でしたが後に藤原鎌足の正室となった関係で今も忍阪老人会と鎌足を祀る、談山神社は交流されているようです。この古墳が鏡王女の墳墓か未調査で築造年代を特定する材料がないのですが平安時代前期に編纂された「延喜諸陵式」には舒明天皇の領域内にあると記録されていますがいまひとつ舒明天皇との関係が明確でありません。
ただ立地場所は忍坂山(外鎌山)の南斜面の小さな支尾根の突端に作られており風水思想に基づいた終末期古墳の特徴をそなえています。また、この忍坂の地は古くから王権とのつながりが深く鏡王女の墓があってもなんら違和感のない土地柄であり、なんと言ってもこの古墳の雰囲気がつつましやかな鏡王女に相応しく今日も静かに忍阪の王家の谷(地元では奥の谷と呼ぶ)に眠っておられます。(上は入江泰吉氏の写真・万葉の大和路より)
 

見学案内 おすすめ度 
一見、宮内庁管理と勘違いしてしまいそうですがココは陵墓指定ではありません。従って墳丘内にも入れますが別に何もありません。この古墳の魅力はこの古墳よりもここに来るまでの忍阪の集落と古墳周辺の素晴らしい景色が見ものです。忍阪の集落には古い家並みがいまだに残り家の脇には外鎌山から流れ出た清流が静かに流れています、段々塚古墳(舒明天皇陵)を過ぎたあたりから山手に向かい歩き出した時、せせらぎにひっそりとたたずむ鏡女王の万葉歌碑があります。風景によくマッチした歌碑と思います。更に歩を進めると一気に視界が拡がり鏡王女墓に近づくにつれ山あいからウグイスのさえずりが聞こえてきます。正にココは別世界です!!四季それぞれに素晴らしいんです!!時間がゆっくりゆっくり流れてます。ココは今でも万葉です。

【参考資料】
・万葉の大和路   旺文社
・簗健遺跡地図 第2分冊  奈良県教育委員会
・日本大百科全書  ニッポニカ 小学館


(詳細は大伴皇女墓の写真地図を参照ください)http://userdisk.webry.biglobe.ne.jp/014/809/53/N000/0

2014.9.27更新(944)

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コメント(10件)

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コメントを入れてばかりです^^
大伴皇女墓でも書きましたが、本当に素晴らしいところで、まさに見学記で書かれてる通り、今でも万葉が息づいてると思います。
「秋山の 樹の下かくり…」美しく、情熱深い万葉歌に誘われ、新緑や秋と訪れたい場所です。

2008.5.20
はる
2014/09/27 05:13
はるさん コメント有難うございます。宜しければこれからもコメント是非お願いします(笑)忍阪、今の季節も結構いいですよ。少し足を伸ばして倉橋のため池もいい所です。小さな古墳もひとつあります(確か梶原古墳?) 話が全然違いますがこのNECのブログの↓Ads by Googleに墓まいりとか墓石とか葬式とかばかり出るのが・・悩みの種(笑)

2008.5.21
とし坊
2014/09/27 05:16
秋山の鏡王女墓は、歌のままにひっそりと静かに1300年を変わらず生きていました。「ココは今でも万葉です」この言葉のままでした。帰ってから更に想いを募らせています。何度も足を運びたいと思いました。ありがとうございました。

2009.11.7
風香
2014/09/27 05:19
風香さん
そばに住んでいる私もここは、お気に入りというか特別な場所です。なんか気持ちが落ち着くのです。そして風香さんの歌のおかげで歌碑も特別な愛着を感じます。

2009.11.11
とし坊
2014/09/27 05:22
この全景!先回写した写真よりもう少し左にふって撮影されてたんですね!
このアングルも素晴らしいです!
もみじの葉、そして桜の葉も落ちている様子から古墳の季節!冬に撮られたものなんでしょうか。
季節を変えて幾度となく訪れたい私の秘境となりました。

2009.12.14
風香
2014/09/27 05:25
風香さん
コメント有難う御座います!!他の方から見たら「それが、どうした!」と言う感じでしょうが(笑)我々にはこの場所はもう何にも代え難い風景となっていますね。
オールシーズンいいですが特に春が大好きです。山桜、菜の花、つくし、名も無き野草・・そしてうぐいす
とし坊
2014/09/27 05:26
舒明天皇陵を過ぎたとたんに万葉の世界にいざなわれるこの空間は、訪ねるたびに不思議な程思いが募る場所となってしまいました。やはり移住するしかないでしょうか(笑)

2010.8.31
風香
2014/09/27 05:28
風香さん
地元民でもそう思ってしまいます。ほとんで人工的なものがなく静寂の中に
聞こえてくるのは鳥の声と水音だけ・・
そうですねぇ!やはり石位寺空いてますので、いつでも移住可能です。(笑) 

2010.9.1
とし坊
2014/09/27 05:31
とし坊さん、こんにちは。春の鏡王女墓をつい先日堪能させて頂いたことは、ある意味夢がまたひとつ叶った瞬間でもありました。
山桜、菜の花、つくし、名も無き野草、そしてうぐいす。
まさかこのままの世界を体感できる日が来ただなんて。やはり夢のようです。ありがとうございます。

2011.4.22
風香
2014/09/27 05:33
風香さん
大変返事が遅くなり失礼しました。
やはり、この場所は特別の場所ですね。ずっと、ずっとこの
雰囲気を後世まで伝えて欲しいものです。本当に万葉の世界が
好きな方にとっては聖地みたいな空間で今もここだけは万葉の
空気が流れてるように思えてなりません。

2011.4.27
とし坊
2014/09/27 05:38

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