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zoom RSS 風呂坊古墳群 (ふろぼう)

<<   作成日時 : 2009/06/17 22:15   >>

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★ 所在地:桜井市阿部
特徴
風呂坊古墳群は桜井市街の南に位置する安部山丘陵の東南に張り出した屋根上に位置した古墳群で5基有り1〜3号墳は1958年の県営住宅建設に伴う整地作業中に見つかりましたが発見時点で既に大半が削平され6世紀後半以降に造られた横穴式石室と思われますが墳形、規模は不明です。3号墳の背後に位置した4号墳、5号墳は宅地造成に伴い2008年に発掘調査が行われいずれも径15〜20mの円墳で右片袖式の横穴式石室ですがかなり破壊されていました。古墳群の特徴としては4号墳でミニチュア炊飯具。1〜3、5で金銅製カンザシや釧 が出土していることより渡来系との関連が指摘されています。詳細は以下の通りです。

●1〜3号墳・・・工事中に見つかった古墳ですが3基とも発見時点で大半が削平されており墳形や規模は不明。出土品として金環、銀製くちなし玉、金装銀釧、金銅製カンザシ、土師器、須恵器等。築造時期は6世紀末。

●4号墳・・・写真のように石材が殆ど抜かれていますが全長15〜20mの円墳で埋葬施設は右片袖式横穴式石室(全長5.5m、玄室長約3.5m)出土遺物はミニチュア炊飯具、馬具、土器類等で玄室中央に木棺2基が安置されていたようです。築造は出土土器より6世紀前半と思われます。

●5号墳・・・墳丘は4号墳と同じ15〜20mの円墳で東側に墳丘盛土が残存していました。石室は右片袖式の横穴式で上半部は失われていましたが下半部及び床面はほぼ未盗掘の状態で残っていました。石室寸法は全長6.3m、玄室長3.5m。幅2.1m、羨道長2.8m、幅0.9m。東西に2基の木棺が埋葬されていたようです。出土遺物としては銀製耳環、金銅製カンザシ、銀製指輪、銀製釧、玉類、土器類、馬具築造時期は6世紀前半〜中頃と考えられています。

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(左)4号墳 (右)4号墳出土品
 
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(左)5号墳 (右)5号墳出土品  


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見学記  おすすめ度
残念ながら、この古墳群は既に消滅してしまいました。新聞発表が2008年8月にあり早速、副葬品の特別展示が桜井市埋蔵文化財センターであり5号墳が部分的に未盗掘と言うことも有り早速見に行った際、係員の方に古墳の場所を確認しましたが「今はもう見られません」との返事。既にこの時点で古墳は消滅していたのです。貴重な古墳が又、一基つぶされました。4号墳は仕方ないにせよ5号墳は残す努力がされたのでしょうか?潰してから特別展示とは桜井市の文化財への取組み方に甚だ疑問を感じてしまいます。纒向遺跡には市長を筆頭に熱心に取り組まれている事には敬意を表しますが・・他の文化財に対しての取組みが殆ど野放し状態にあるのが気になる所です。(この古墳ではありませんが我が国の代表的な磚槨墳のひとつである舞谷2号墳の今の状態を教育委員会の方は知っておられるのでしょうか?)


参考文献
・風呂坊古墳群 第4次発掘調査の概要
・桜井の小古墳  
・桜井・発掘調査現場から         

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