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zoom RSS 茅原狐塚古墳 (ちはらきつねずか)

<<   作成日時 : 2009/05/17 00:13   >>

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★所在地:桜井市茅原
★墳丘:方墳(一辺50m?)
★石室:巨大な花崗岩の乱石積みの両袖式横穴式である。(全長17.33m)玄室長6m、幅2.6m、高3.2m。羨道長11.3m、幅2.1m、高さ1.9m。排水施設がある模様(但し玄室部は未確認)
★棺:玄室に3棺、羨道部にも木棺があった模様。
(玄室奥壁)凝灰岩製組合式家型石棺があり底石は原位置にあるが四方の側石は倒れ2枚の蓋石がその上に乗っている。蓋石は2枚で構成されそれぞれ2対の縄掛突起を持つ。
(玄室中央)蓋石が無いが玄室奥壁の石棺と同様のものと推測され組合式石棺と思われる。
(玄室入口)殆ど棺が破壊されており石棺の構造は不明。幅1.1mにわたって敷石があり棺底に当たる部分に小礫石を詰めている。石棺の破片から玄室にある3棺の中で一番立派なものとのことである。
(羨道)鉄釘が出土していることより木棺があった模様。
★出土遺物:玄室より多数の須恵器の杯(但し完形品は2個のみ)、羨道部から鉄直刀と思われる小残片、木棺の釘、土師器破片等。
★築造年代:6世紀末〜7世紀初め
★発掘調査:1958年(大三輪町史編纂に伴う調査)
★被葬者:三輪氏関連?

特徴
@河上邦彦氏著(飛鳥発掘物語)には当石室は水泥塚穴古墳の石室と同じ工人集団の可能性を指摘されている。
A横穴式は追葬される場合が多いが当古墳においては県内の古墳では例を見ない玄室内、3棺並列埋葬である。
B全長では見瀬丸山古墳、石舞台古墳に次ぐ長さを誇るが羨道長11.2mの内3.5mは小石積みの側石であり追葬時に羨道部を拡張した可能性が大であるが、それを差し引いたとしても大きい。

画像画像
(左)巨大な玄室部 (右)散乱している石棺材
画像画像
(左)奥壁から開口部を望む(右)封土の殆どない石室(北側より)

見学記おすすめ度 
JR桜井線の三輪駅から巻向駅に向かって700mの東側の線路脇にあります。墳丘は元々一辺が50mはあるかという大型の方墳ですが南西方向はJRの線路で削られ他も墳丘裾が畑地で大きく削られ1辺30m前後になっています。更に石室の封土も殆ど失われています。かってここに来た時は石室内が水びたしで玄室に入れなかった為、石室の外の封土のない奥壁側の石が失われた箇所から覗き見るしかなかったのですが近年は水が引きこの日も、ぬかるみは、あるものの玄室奥壁まで残された石伝いに初めて玄室に入る事が出来ました。中は奥壁から光が入りこみ懐中電灯なしで観察できますがその分ゾクゾク感はありません。破壊されてるせいもあり大きさの実感はありませんがこの地域では珍しい石室に入れる古墳で規模的にも全長と羨道幅は赤坂天王山古墳を上回る大型石室で三輪山麓に残る数少ない古墳でもあり整備が望まれます。
(現地に案内板や説明板はありません)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ありがとうございます。
天理市古墳墓一覧は古い分布地図ですが、里道なども細かく書かれていて、歩くのには参考になります。
茅原狐塚の方面には、以前よく古墳探しに行っておりました。
この地域はなかなか面白い地域で、箸墓などの発生期の古墳が集中をしているのですが、狐塚や弁天杜古墳なんかの、後期から終末期の古墳も所々点々と存在しており、新旧入り混じった地域で、北方にある柳本の地域とは、一線を画した様な感があります。
ただこの狐塚は、時期が他の古墳とは違い、恐らく終末期の範疇に入ると思われ、この古墳だけが方墳という形を採用して、単独で存在しているのに興味があります。
然し終末期古墳にありがちな場所に築造されていなくって、平地のど真ん中?に築造されている事から考えて、後期から終末期への過渡期的な古墳と考えているんですが・・・・
何年か前に行った時には、玄室内に水が溜まってて入れませんでしたが、その後に行った時には水が引いて石棺を拝める事が出来ました。
然し発掘した後は、ほったらかしというような状況みたいで、早急な保存を御願いしたいと思います。

古跡人
2009/05/17 20:54
古跡人さん
コメント有難うございます。仰るように狐塚古墳は特異な感じがしますよね。余談ですが私の、このブログで一番訪問数の多いのがこの狐塚古墳なんです。2位が帯解黄金塚古墳、3位が赤坂天王山古墳なんです。話変わりますがこの古墳の発掘は網干先生がメインでやられたようですが、たった10日間の発掘だったようです。再発掘調査を望みたいところですが桜井市は纒向遺跡で精一杯のようです。
とし坊
2009/05/18 11:23

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