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zoom RSS 平野塚穴山古墳(ひらのつかあなやま)国史跡

<<   作成日時 : 2018/03/21 09:32   >>

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新聞記事追記
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★所在地:香芝市平野
★墳丘:方墳(一辺18m、高さ約4m)南斜面に作られ版築で築成されている。南に開口
★石室:横口式石槨(全長4.47m、玄室長3.05m、幅1.5m、高さ1.76m)凝灰岩の切石で作られている。
★棺:漆塗籠棺と夾紵棺の破片が出土しており、この両者を組合わせて作られたものと考えられている。
★出土遺物:夾紵片漆塗籠棺片、金環、中空玉、銅製品片、歯牙、小骨片等
★築造年代:7世紀後半
★発掘調査:1972年
★被葬者:斉明天皇の父、茅淳王?
☆奈良検定テキスト掲載古墳

毎日新聞 2012年07月04日 奈良版に平野塚穴山古墳:高松塚と同じ作者か 奈文研、石室の傾き発見と題して以下の記事が掲載されました。(記事の上でクリックすると拡大されます)
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毎日新聞 2018年3月21日 奈良版に2019年度に「平野塚穴山古墳を整備」の記事が掲載されました。(くれぐれも明日香村のような過度な整備による平成の古墳にならないように願っています。もちろん修復は必要です。)
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特徴
@国史跡の古くから有名な古墳でわが国を代表する横口式石槨である。二上山の凝灰岩の切石が使われており21枚の切石を床面に敷きつめ、奥壁1枚、左右の壁に各2枚の切石が使われている。羨道部も玄門を造出し、敷石をはめ込むなど大変精巧につくられている。又この古墳は唐尺で設計されており玄室と羨道の長さの比は2対1になっている。
A石室は壁面に漆喰が塗られており、今も部分的に残っている。
B江戸時代には顕宗天皇の傍丘磐杯丘南陵とされていた
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(左)全景  (右)説明板
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(左)石槨正面   (右)石槨内部
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(左)床面  (右)天井部分

見学記  おすすめ度
わが国を代表する横口式石槨であり県内で気軽に横口式石槨の古墳を見るにはココしかありません。壁面に壁画はないものの有名な高松塚古墳と比較しても決して劣る事はないと思われます。開口部には扉があって入る事は出来ませんが扉の格子の間から十分観察できます。約30年ぶりぐらいの見学だったのですが墳丘から見る周囲の景観こそ悪くなったものの古墳そのものは、当時とあまり変わらず大変貴重な古墳でもありこれからも大事にしてゆきたいものです。

【参考文献】
阿武山古墳と牽牛子塚   高槻市立今城塚古代歴史館

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