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zoom RSS 牽牛子塚古墳 (けんごしづか) 国史跡 更新版

<<   作成日時 : 2017/03/19 13:43   >>

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真の斉明天皇陵か!牽牛子塚古墳
2010年9月牽牛子塚古墳は墳丘を八角形に囲む石敷き(外周の敷石)の一部が見つかり八角墳と確定された。更に2010年に書記の記述を裏付ける太田皇女墓と思われる墳墓が発見された。現在(2017年時点)も古墳を整備する為の調査で古墳周辺部分を中心に断続的に発掘調査中。

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★所在地:高市郡明日香村越
★墳丘:2009年9月〜2010年9月にかけて、初めて行われた墳丘の調査は墳丘の北西部とその外周計約350uでおこなわれた。その結果、北西の裾から3辺分(1辺約9m)凝灰岩の切石の石敷き(幅約1m)が石畳状に3列、隙間なく並べられているのが発見された。特に注目すべきは内角135度のコーナー部が2箇所検出され八角墳である事が確認された事である。墳丘斜面は凝灰岩の切石で装飾され墳丘規模は底面では対辺約22m、高さ約4.5m以上の3段築成の古墳であることも明らかになった。(尚、石敷の外側に敷かれた二重のバラス敷きを含めると対辺は約32m以上の規模となる。)現在も整備事業に伴う発掘調査が行われ平成27年度の調査では古墳造営にあたり周辺部まで大規模な土木事業が行われていたことが判明し平成28年度はその範囲を確認する調査を中心に行われた。
★埋葬施設:石槨は以前から開口しており約80tの凝灰岩を刳抜いて造られており石槨内の中央に間仕切りがあり東西2室に分かれている。床面には長さ約1.9m、幅約0.8m、高さ約0.1mの棺台があり天井部はドーム形状である。開口部には閉塞石として凝灰岩の内扉と更にその外側に石英安山岩の外扉の二重構造になっている。石槨全体の内面の大きさは東西約5m、南北約3m、高さ約2.5mである。今回、石室内に於ける新たな発見はないが発掘前から墳丘西側で切石の一部が3石、露出しており墳丘の外側の形を守る外護列石と思われていたが今回の調査では、そうではなく石槨を囲んでいる重さ5tの巨大な安山岩製の切石(幅5m、奥行3.5m、高さ2.5m)と判明した。この切石は全部で16石で構成されており、内3石が地震あるいは盗掘で倒れかかり露出していたものと考えられる。尚、凝灰岩と安山岩の接する箇所には漆喰が充填されている。心配なのがここ数年防水シートや石室前面の排水設備の改修などにより石槨内の乾燥が進み雰囲気が一変した。以前のような苔類も殆どなくなっている。
★棺:夾紵棺 ★出土遺物:夾紵棺片、七宝金具、人骨、歯牙。★築造年代:7世紀後半
★発掘調査:1912年、1914年、1977年(測量調査と前庭部のみトレンチを入れている)、2009年〜2010年、2015〜
★被葬者:斉明天皇・間人皇女説が最有力!(川嶋皇子説もある。)発見された歯牙の所見では女性の平均値に近い。(確定は出来ない)年代は30〜40才代との事である。 ☆奈良検定テキスト掲載古墳

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墳丘の北西部に露出する石材と閉塞石の内扉(明日香村埋文展示室)
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墳丘の版築土と夾紵棺片
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特記事項
@従来から八角墳の可能性を多くの研究者から指摘されていたが未確認でいろんな話題が飛び交っていたが2010年八角墳と確定された。8角墳は中国思想を反映した形とされ飛鳥時代の天皇陵の特徴であると共に大規模な土木工事を好んだとされる斉明天皇に相応しい墳墓で「日本書紀」にある娘の間人皇女との合葬墳という記述とも一致し斎明天皇と間人皇女の合葬墓の可能性が高くなっている。更に2010年12月太田皇女墳墓の可能性の高い越塚御門古墳が牽牛子塚古墳の墓域から発見された事で書紀の記述と合致し斉明天皇陵の可能性が更に高まった。A石槨や棺あるいは出土品を比較すると壁画の有無は別として牽牛子塚古墳は高松塚古墳やマルコ山古墳等を遥かに凌ぐ立派な古墳(網干善教氏談)と言われていたがそれを更に補強するように今回の発掘調査で凝灰岩の巨石をくりぬいた石槨を更に安山岩の直方体の巨大な切石で囲み、すきまを漆喰で詰めるという手の込んだ特異な二重の石室構造となっている事も判明し当時の最高権力者に相応しい墳墓であることが実証された。
                                      
見学記  おすすめ度
近年の整備事業に伴う発掘調査までは探しにくい古墳だったのですが雑木や雑草がなく比較的容易に見つけられるようになりました。(反面、以前の自然な景観が懐かしくもあります。)
石槨は施錠されていますが、鉄柵越しで懐中電灯さえあれば内部をよく観察できます。調査時に豪華な副葬品が出土しており被葬者候補に斉明天皇と娘の間人皇女が最有力候補と考えられています。尚、副葬品の七宝金具等は飛鳥資料館に夾紵棺の破片や閉塞石の内扉は明日香村埋蔵文化財展示室で現物が展示されていますので合わせて御覧になるといいでしょう!

【参考文献】
・飛鳥の発掘(網干善教)
・大和の古墳を語る(泉森 皎)
・日本の古代遺跡 奈良飛鳥(菅谷文則)
・現地見学会資料(明日香村教育委員会)
・明日香村発掘調査報告会2016

【2010年9月11日現地見学会速報】クリックすると拡大します

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平成27年、平成28年の整備事業に伴う発掘調査
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平成27年度から古墳の周辺部を中心に発掘調査中で平成27年度は牽牛子塚古墳の北東部から東部を中心に行われ、古墳外周部で墳丘の土台になる基盤版築層が検出され大規模な土木事業が行われていたことが判明、平成28年度の調査は古墳の北側にある谷筋を中心に発掘調査が行われ古墳から北東約40mの位置まで版築層の痕跡が確認された。(図の網掛け部分は版築が認められた箇所)

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