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zoom RSS 小山田古墳 (こやまだ)

<<   作成日時 : 2015/01/18 14:36   >>

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(追記)
2017年3月1日付けで小山田遺跡第8次調査(2016.12.22〜2017.1.27)の発掘調査結果報告があった。今回の調査は墳丘南端部の様相と石室の有無の確認を目的に行われた。
主な成果は
@墳丘盛土がと横穴式石室の羨道部の痕跡が検出され小山田遺跡は古墳である事が確定した。
A墳丘規模は今回検出された横穴式石室が墳丘上の中軸上にあるとすれば一辺70mの方墳と推測される。

今回は報道発表のみで現地説明会はなし

2015.1.15の新聞発表で奈良県明日香村の小山田遺跡から未知の石張りの巨大な掘割が発見された。一辺50m以上の方墳の周濠の一部と考えられ橿原考古学研究所によると「榛原石」で墳丘を覆う古墳は、時代としては7世紀中頃に限定され、この時期に蘇我馬子の墓とされる石舞台古墳(一辺約50m)を上回る規模の墓をつくれる人物としては舒明天皇(641年没)が考えられる。
舒明天皇は日本書記に埋葬地は滑谷岡に葬られ、後に押坂(今の桜井市忍阪)に改葬されたと記載されており、今まで不明であった初葬墓がこの古墳である可能性が高いという見解である。ただ研究者の間では当時の権力者、蘇我蝦夷の名前なども挙げられており今後、論議をよびそうである。

★所在地:高市郡明日香村川原
★墳丘:甘樫丘から南に伸びる丘陵上に位置する。
★埋葬施設:不明
★出土遺物:溝を造成した土中から6世紀後半の土器類、溝の埋没時の流入土から7世紀後半の土器が出土
★築造年代:7世紀中頃(出土した土器より)
★発掘調査:2014年
★被葬者:いろんな学者や研究者から被葬者候補が出ている。主なものは以下の通り
・舒明天皇の初葬墓(橿原考古学研究所)(猪熊兼勝氏)
・蘇我蝦夷(白石太一郎氏)
・周辺は穏やかな傾斜地で眺望もよい。宮殿か有力豪族の居館があったのではないか(和田萃氏)
・本当に古墳なのかどうか、年代の更なる絞り込みと規模の確定等、周辺の調査が必要(石野博信氏)
・段ノ塚古墳(現舒明陵)と異なり結晶片岩が使われている。(河上邦彦氏)
・段ノ塚のような八角墳の痕跡がない(前園実知雄氏)
等、舒明天皇の初葬墓説に疑問を呈する研究者も多い。いずれにしても引き続き範囲確認調査が必要と思われる。2015年1月18日現地で説明会が行われ早朝から沢山の考古学ファンが古代のロマンを満喫した。

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