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zoom RSS 忍坂古墳群 (おっさか) 更新版

<<   作成日時 : 2014/09/25 09:45   >>

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わが国初の六角石室で知られる忍坂8号墳のある忍坂古墳群
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【はじめに】
忍坂古墳群は正確には外鎌山北麓古墳群忍坂支群の事で近鉄朝倉駅東南にある外鎌山(とがまやま)の北から西にかけての斜面に位置する約100基ほどの古墳群で,団地造成に伴い52箇所(内遺跡35箇所)調査された。 古墳群は竜谷・慈恩寺・忍阪の三支群に分かれ忍阪支群(忍坂古墳群)は西端に位置し,ほぼ西にのびる尾根上および南斜面に築かれ10基が調査されている。1〜3号墳(円墳で横穴式石室)4号墳(円墳で木棺直葬)5号墳(長方形墳で壺棺)6号墳(中世の方形周溝墓)7号墳(詳細不明、木棺直葬?)8〜9号墳(円墳または多角形墳で磚槨式石室)10号墳(奈良時代の火葬墓)で構成されている。 出土遺物では3号墳の石室内に遺存した土器類は埋納時の状態を良好にとどめ,古墳時代後期の葬送儀礼を知るうえで極めて貴重な資料となったほか4号墳の第二次埋葬から優秀な鉄製轡一式等が知られる。築造年代は7世紀後半から末葉にかけて造られた8号・9号墳、奈良時代の火葬墓の10号墳、中世墓の6号墳を除いて6世紀初頭〜後半にかけての群形成が考えられる。 調査後1・2・8・9号墳は団地内の朝倉台の古墳公園に移築されたがその他はすべて調査後に消滅した。ここでは現存(移築)する4基を順に紹介する。
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★ 所在地:(元)桜井市忍阪 

【1号墳】
画像外鎌山から伸びる尾根の南東端に位置していた。径7mの円墳で南に開口する片袖式の横穴式石室.。石室規模は現存長で全長が約4.5m、玄室長3.5m、幅約1.7m。墳丘の殆どが流失しており、羨道も既に失われていた。玄室床面は2層あり追葬の痕跡があった。(築造当初は角礫が玄室全面に敷かれていた)出土遺物は築造当初のものとして鉄鏃、馬具、飾り金具、鉄釘、須恵器等があり追葬時のものとして鉄釘、須恵器、土師器がある。土器や石室の形態から6世紀後半頃の築造と考えられ7世紀中葉頃に追葬されている


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【2号墳】
画像画像1号墳の西19mに位置する径13mの円墳。南南西に開口する両袖式横穴式石室で天井石と羨道部はほとんど失われている。規模は現存で全長4.6m、玄室長3.6m、幅約1.85m。玄室内で6体分の頭蓋骨が検出されている。出土遺物は金環、鉄刀、鉄釘、刀子、須恵器、土師器などがあり6世紀末〜7世紀初め頃の築造で7世紀中葉〜後半にかけて追葬がおこなわれている。


【8号墳】
知る人ぞ知る我が国で初めて発見された6角形の平面形の石室を持つ古墳で忍坂1号墳から約190mの外鎌山から西に伸びる尾根の南斜面に斜面上方を削平し南側に盛土して築かれていたが墳丘は開墾のため盛土を全て失い南半分は消失していたが径約12mの円墳と思われる。(多角形墳の可能性も残されている。)墳丘の周囲には幅約3mの濠を巡らせている。
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埋葬施設は最下段の石材が一部残存していたが石室の南半分は既に失われていた。しかしながら我が国で初めて発見された6角形の特異な横穴式石室である。南西に開口していたと思われる。加工した榛原石(室生安山岩)によって築かれた磚槨式の横穴式石室である。石室内床面には砂利層が敷かれ上面より被葬者の可能性もある歯1個、銅製釘、ガラス玉、須恵器、周濠より土師器甕1点が出土している。砂利層の下には板石によってつくられた暗渠状の排水施設も確認されている。更に石室周囲にも排水施設が設けられていることも特徴的である。築造時期は出土遺物から7世紀中葉〜後半と考えられている。

【9号墳】
忍坂9号墳は8号墳から12m隔てて隣接す古墳で墳丘の南半分が破壊されていたが、墳丘の規模、外形や周囲の濠は8号墳とほぼ同じぐらいの規模と推定される。埋葬施設も8号墳と同じ磚槨式石室であるが、奥壁と右側壁の一部しか残存していないが残っていた排水溝から長方形の平面プランと考えられている。出土遺物は玄室内では見られず周濠内から小形の土師器の甕が見つかっている。築造の時期は明らかでないが、7世紀後半から末葉にかけてと推定されている。
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【10号墳】
ヲムロ古墳ともいう火葬墓で 8号墳、9号墳発見の発端ともなった古墳で戦後に農夫が畑を耕作中に板石、蔵骨器とその外容器を堀出し自宅に持ち帰り板石は沓脱石として使い、それ以外は縁の下にいれておいたところ、骨臓器が盗難にあって失われたという話が1973年頃わかり、その地点を確認するため斜面を慎重に掘り進めたところ地中に埋もれていた8号墳、9号墳の底石が発見されたというわけだ。結局その地点は残念ながら見つからなかったが証言から忍坂8号墳の近くにあったと推定されている。残された外容器から直径18cm、高さ18cmの高台の付いた球形であることは明らかで、また発見者の言によって表面に文様のある金属製品であることがわかっている。奈良時代前半の火葬墓である。
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見学記  おすすめ度
近鉄朝倉駅から徒歩5分足らずで行ける団地内の古墳です。但し移築古墳なので感激度はやや劣りますが8号墳は日本で最初に発見された六角石室の大変珍しい古墳です。残念なことに同じ磚槨墳の9号墳同様、墳丘の半分以上が土砂崩れの為になくなっていましたが発見当時は大変、話題を呼んだ古墳で古墳好きの方には是非見ておいて欲しい古墳です。見学は常時可能ですが夏場は雑草が多いので8.9号墳の石材が見えにくいので外したほうがいいでしょう!8号墳は移築されてるとはいえ元の場所から周囲の土ごと移築されています。(こういう移築は、あまり無く、いかに重要な古墳であるかがうかがえます。)

【参考文献】
・奈良県遺跡地図 第二分冊 奈良県教育委員会
・大和古墳めぐり         京都書院
・日本の古代遺跡 奈良中部 保育社
・外鎌山北麓古墳群の調査 桜井市埋文センター
・桜井市外鎌山北麓古墳群 橿原考古学研究所
・桜井市史            桜井市
・桜井の横穴式石室     桜井市埋文センター



【行先案内】

画像@近鉄朝倉駅の改札口を出て左に向かいます

画像Aどちらでもいけるんですが間違いにくいこの道で紹介。道なりに沿って進みます


画像B突き当りを右に折れて坂道を登ります。

画像C登りきったあたりで忍阪古墳群の案内板が見えてきます。ココは朝倉台2号公園です。この公園を通り抜けしてもいけますがすぐに右に行く道があるので この道を利用します。

画像D10mほど緩やかな坂道を登りきった右手に忍阪古墳群が現れます。全部で4基あります。金網ありますが施錠されてないので入れます。(くれぐれも磚積石室の石は動かさないように!)

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
8号墳の六角石室の一部が目に焼きついております。
住宅街の中にありましたが、誰もいない空間に鳥のさえずりと敷き詰められた落ち葉。まさに1300年前の空気が漂っていました。再訪したいと思っております。

2009.12.14
風香
2014/09/25 09:48
風香さん

この古墳をこれほどまでに関心をもっていただいたのは風香さんが初めてです。
ありがとうございます。ほとんど破壊されてるせいか、見栄えはよくありませんが価値は超1級と自分では思っています。きっと歴史上有名な人物の墳墓でしょう!!

2009.12.17
とし坊
2014/09/25 09:50

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