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zoom RSS 茅原大墓古墳 (ちはらおおはか) 国史跡  【更新版】 

<<   作成日時 : 2014/06/27 20:23   >>

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★所在地:桜井市茅原 
★墳丘:帆立貝式前方後円墳(寸法は復元長)全長約86m、後円部径約72m、高さ約9m、前方部長さ約15m、高さ約1m。埴輪及び葺石あり。前方部を北に向け周濠の痕跡と見られる池(小池と丸池の一部)あり★埋葬施設:従来不明とされてきたが2013年12月に墳丘の地中物理探査が行われた結果、埋葬施設は「粘土槨」の可能性があり、しかも盗掘の形跡もなく良好な形で残っていると考えられると新聞発表あり(2014.6.27付)
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★出土遺物:円筒埴輪、朝顔形埴輪、きぬがさ型埴輪,壺形埴輪、盾持人埴輪、鳥形埴輪片 
★築造年代:4世紀末頃
★発掘調査:1995年、2008年〜(埋葬施設は未)
・第1次調査(1995年)小池と丸池を縦断する堤の周辺を調査。後円部の南西端とその外堤を巡る濠の外縁を確認。
・第2次調査(2008〜2009年)前方部の東端部分を確認。同時にそこに施された葺石も発見。
・第3次調査(2010年)後円部の墳頂と中段で円筒埴輪列を確認。後円部と前方部の境界で葺石を確認。
・第4次調査(2010年11月〜)墳丘東側から北側にかけて調査。後円部東側、東側くびれ部、前方部北側で葺石が確認され更に東側では葺石の他、平坦面も確認され前方部は2段築成と判明。前方部上面で埴輪棺が1基確認された。
・第5次調査(2011年11月〜)@墳丘と外堤を結ぶ渡土堤を確認。A括れ部付近で円筒埴輪を転用した棺を2基発見。B東西の2段目括れ部の位置が確認されたことで墳丘主軸が確定され加えて後円部1段目の平坦面が確認されたことで後円部3段、前方部2段築成が明確になった。C1段目の埴輪列がはじめて検出された。以後も整備のため順次、調査される予定。

★被葬者:?地元では、倭佐保姫の御陵として言い伝えられている。
☆奈良検定テキスト掲載古墳

特徴
河合町の乙女山古墳と並ぶ代表的な帆立貝式前方後円墳である。地元では倭佐保姫の御陵として伝えられて来たせいか比較的原形を残している。それでも後世の開墾で後円部東側裾部は削られ民家が墳丘の一部を破壊し前方部の一部は畑と化している。従って現状の全長は65m前後かと思われる。

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(左)全景 (右)低い前方部
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(左)第2次調査発掘現場(前方部東)(右)第2次調査で発見された葺石 
以下の6枚の写真は第3次調査の写真です。
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(左)トレンチ配置図 (右)調査中の墳丘全景(前方部側より) 
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(左)墳丘上の調査区(第3トレンチ)   (右)後円部2段目の埴輪列
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(左)墳頂部の円筒埴輪列 (右)出土した円筒埴輪

第4次調査
4次調査では日本最古級の人物埴輪が出土した。人の形を模した「盾持人埴輪」で墳丘東側のくびれ部付近に流れ落ちた状態で発見された。大きさは全体で推定約1mで、うち67p分が残っていた。顔の部分は縦17p、横16pで、赤色の顔料が塗られており顎の部分は張りだしており刺青と思われる表現が見られる。盾部分は幅約50p、高さ47p以上の長方形と推定され線刻の文様がある。又、頭部には冑と思われるものをかぶっている。この盾持人埴輪は、邪悪なものから古墳を守るため、古墳外縁部に置かれる例が多く関東地方を中心に、50カ所以上の古墳などで約100例以上が出土している。しかし大半は5世紀後半以降であり4世紀末の古墳から盾持人埴輪が見つかったのは初めての事例である。埴輪に顔面表現をいち早く採り入れた例として大変貴重な発見と思われる。また古墳時代中期中頃以降に盛んになる埴輪祭祀が生まれる大きな契機にもなったと考えられるとの教育委員会の見解である。

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第5次調査
5次調査は2011年11月〜行われ説明会は2012年2月18日小雪がちらつく中で行われ、古墳の墳丘と外部をつなぐ「渡土堤」が確認された等の報告があった。渡土堤は古墳の造営時から既にあったと思われ、市教委は「古墳の全体像を知るうえで大きな成果」としている。渡土堤は全長7m、幅5〜7mで古墳の前方部の北東隅から出土した。渡土堤の両側側面には葺石が施されたており、墳丘と外部をつなぐ役割のほか、濠の水位を調整する役割も果たしていたものとたと思われる。この他 今回の調査で、後円部の北西側で、円筒埴輪列の一部や、円筒埴輪を転用した埴輪棺も2基出土している。

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見学記 おすすめ度  
1982年に国史跡に指定され一部を除き市有地となっており桜井市が将来的に史跡公園化を目指し順次調査中の古墳です。従来は帆立貝式の有名な古墳であるにもかかわらず実態がよくわからない事もあってか見学される殆ど方は東側の説明板のあたりから墳丘を観察する程度でしたが今は雑木がなくなり墳丘上にも登れますので墳丘図を持参のうえ是非登って周辺の古墳との位置関係、墳丘西側の周濠跡、帆立貝式独特の短い前方部等を確認されるといいでしょう。出土した埴輪は現在(2010年7月)桜井市埋蔵文化センターで展示されていますので合わせてご覧になるといいでしょう。


【参考文献】
・奈良県史
・桜井市史
・桜井市広報 1175号
・奈良まほろばソムリエ検定
・大和の古墳を語る」(河上邦彦氏)
・日本の古代遺跡 奈良中部(寺沢 薫氏)
・茅原大墓古墳第3次調査の成果 桜井市教育委員会
・50p下の桜井(桜井市発掘調査速報16) 
・第4次調査現地説明会資料
・第5次調査現地説明会資料

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