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zoom RSS キトラ古墳  (きとら) 国特別史跡 【更新版】

<<   作成日時 : 2013/08/19 11:13   >>

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★所在地:高市郡明日香村阿部山
★墳丘:南東から北西に伸びる尾根の南斜面に築かれた円墳(径13.8m、高さ3.3m)2段築成で版築工法で造られている。
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★石室:二上山白色凝灰岩の切石を組み合わせた横口式石槨(長さ2.4m、幅1.04m、高さ1.14m)で床石4枚、奥壁1枚、東壁4枚、西壁3枚、扉石1枚、天井石4枚の計17枚で構成され表面に漆喰で塗られた石槨内には床面を除く各面に四神図、天文図、日月図、十二支の獣面人身像図の壁画が描かれていた。天井に描かれた天文図は東アジア最古の現存例であり、青龍・白虎・玄武・朱雀の四神の全てが現存しているのはキトラ古墳だけである。
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図はキトラBOOK 2009(朝日新聞より)

★棺:漆塗木棺(2004年の発掘調査で大量に出土した木片や漆膜片を奈文研が調査の結果従来木棺の内側だけと見られていた朱色は棺の外側に取り付けられていたと見られる飾り金具や棺の縁付近の塗膜片にもあったことより木棺は内、外の両側共に朱色だったことが判明。同時に黒い木片や塗膜片もあり黒漆の棺台があった可能性があることがわかった。 
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図はYOMIURI ONLINEより

★出土遺物:漆塗木棺片、金銅製棺座金具、銀環付六花飾金具、琥珀玉、ガラス玉、帯執金具、人骨等 
★築造年代:7世紀末〜8世紀初め
★発掘調査:1983年以降数回
★被葬者:出土した人骨片から40〜60才代の男性と推定されている。阿部御主人説(直木孝次郎氏・白石太一郎氏・岡本健一氏)高市皇子説(猪熊兼勝氏)長皇子(門脇禎二氏)百済王昌成説(千田稔氏)東漢氏(和田萃氏)等
☆奈良検定テキスト掲載古墳

経緯
1983年→ファイバースコープ調査で北壁の玄武が確認され、我が国で2例目となる壁画古墳と判明。(1次調査)
1998年→2次調査で壁画「青竜」「白虎」と天文図確認
2001年→3月の3次調査で「朱雀」を確認、12月の4次調査で天文図の金箔を確認。
2002年→「12支」の寅と見られる壁画を確認
2002年→発掘調査の為の覆屋を建設。この時墓道が発見される。
2003年→覆屋完成
2004年→石室床面発掘調査が完。人骨や副葬品の一部発見。壁画の取外し方針が決定し取外しスタート。
2008年→すべての壁画の剥ぎ取りが終了(4年半の年月がかかった)
2013年→8月18日〜25日にガラス越しではあるが石室(石槨)が最初で最後の公開がされた。

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                  説明板                                      現況             

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               キトラ古墳遠景                             現場に掲示されてる墳丘の写真                 

見学記   
2013年8月文化庁はキトラ古墳の石室を初めて一般公開しました。このあと石室は9月から石室を埋戻し封鎖。来年度に復元整備を開始し、2016年度に完成の予定です。壁画は同年度に完成の「国営飛鳥歴史公園キトラ古墳周辺地区」の保存管理施設で、保管・展示される予定です。このため公開は事実上、最初で最後の機会で3600人限定(1日450人☓8日間)公開の公募があり14000人以上の方から応募があったようです。小生は幸い参加する事が出来ましたが、もっと多くの方に見てもらう工夫が必要ではないかと感じました。今まで散々いろんな問題があり長期間化した経過からみても最初で最後と言うならば極論かもしれませんが公開の期間を1ヶ月に延長し希望する人全員に見せる事で例え工事がその分ズレても国民の理解は得られると思うのですが・・・文化庁は文化財は国民共有の財産であることを忘れないでほしいと思います。

前置きが長くなりましたが見学当日はまず壁画仮設修理施設で高松塚古墳とキトラ古墳の修復中の壁画をガラス越しに見学後キトラ古墳へバス移動しました。今までは仮設の覆い屋越しにわずかに見える墳丘を見るだけの味気ないものでしたが、この日は仮設の覆い屋の階段を登りまずは予備室に全員が入室確認後に改めて次の石室が見える部屋に通されました。やはり実物から受ける時代の重みは違います。写真では味わえないものです。高ぶる気持ちを抑え、この眼にしっかり焼き付けて来ました。ガラス越しであり石室内は盗掘穴(縦65a、最大幅40a)から僅かに見える程度で、勿論、壁画も剥がされていますがそれでもこの石室を見られただけでも大満足でした。私見ですが近年の県内の古墳の整備は藤の木古墳や高松塚古墳等に代表されるような平成の古墳としか思えない整備?です。時代の重みを感じさせないものは古墳ではなく土饅頭でしか無いと思っています。壁画については現状から見て保存施設で公開することに付いてはいいと思うのですが墳丘は今の施設を活用して石室を皆んなが見学できるようにしてこそ壁画古墳の意味合いもあると思いますが現実は既に平成の古墳作りに向け進んでいます。下の写真は公開に先立ち8月17日に行われた村民対象の見学会の新聞記事(毎日新聞奈良版2013年8月18日より)
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【参考文献】
・阿武山古墳と牽牛子塚古墳   今城塚歴史館
・明日香風  10号(特集キトラ古墳)  飛鳥保存財団


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