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zoom RSS 中尾山古墳  (なかおやま)国史跡 【更新版】

<<   作成日時 : 2013/06/21 17:25   >>

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更新版真の「文武天皇陵」の可能性が高い〜中尾山古墳〜
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★所在地:高市郡明日香村平田
★墳丘:八角形墳、対角長19.4m(墳丘裾の平坦面を含めると約30m)高さ約4m、2段目までは確認されているが各段の傾斜角及び盛土の残存状況から少なくとも3段以上の段築が存在すると考えられ以前に墳丘の東側で発見されている沓形石造物の存在から墳丘上に何らかの装飾が施されていた可能性もある。この古墳は古来、地元では「中尾石墓」と呼ばれ元々墳丘全面が石で覆われ墳丘外周にも二重の敷石が巡っていたが明治14年頃、葺石や大きな石材は庭石、建築用、道路石垣などの用材として売却破壊されたようである。
★埋葬施設:横口式石槨(内法1辺90cm四方)合計6石(側石、閉塞石、柱石が二上山凝灰岩、床石と天井石が石英閃緑岩である。)の石材で構成され骨蔵器に納められていたと思われる。
★出土遺物:不明(副葬品の出土はないが墳丘上から沓形石が2石、出土しているが元々墳丘の頂部に飾り物として立てられていた可能性がある。)画像
★築造年代:8世紀初
★発掘調査:1974〜1975年(明日香村・橿考研)、2010年(明日香村)墳丘の再測量が実施されている。
★被葬者:元禄10年(1697年)の「山陵記録」では欽明陵→元文元年(1736年)の「大和志」では文武陵→明治26年(1893年)の「大和国古墳取調書」では皇極・孝徳朝の貴人→大正3年(1914年)の「奈良県史跡勝地調査会報告書第二回」では文武天皇陵→大正4年の「高市郡志科」でも文武天皇陵とされ近年も研究者の間では、ほぼ文武天皇で一致している。
★奈良検定テキスト掲載古墳

特徴
@この時期の天皇クラスのみに採用されている八角形墳である。
A石槨の構造から火葬墓で骨蔵器が収められていたと思われる。(宮内庁収蔵の古宮土壇出土の金銅製壷はここから出土したものではとの考えもある。)

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                 説明板                                  古墳全景

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            石槨の一部が露出している                         石槨の拡大写真                 

見学記  おすすめ古墳 
近くにある高松塚古墳は超有名な古墳ですがこの中尾山古墳は殆ど訪れる人も少なくひっそりしています。古墳の格から言えばこの中尾山古墳の方が遥かに立派な古墳なのですが・・。近年周辺の遊歩道には廃線になった路面電車の敷石が並べられ、辺りから小鳥のさえずりが聞こえとってもいい雰囲気でふと時間を忘れさせてくれます。天皇クラスにしか許されなかった八角形墳であることを頭において墳丘をゆっくりとひとまわりすることをお奨めします。一回りすると途中、写真のように石槨の一部が顔を出していますのでお見逃し無きように!!


【参考文献】
・明日香村村史
・続・明日香村村史 
・「天皇陵」総覧 文武天皇陵(小池香津江氏)
・日本の古代遺跡 奈良飛鳥(菅谷文則氏)
・大和の終末期古墳(河上邦彦氏)
・大和の古墳を語る(伊藤勇輔氏)
・飛鳥の古墳(明日香村教育委員会)
・牽牛子塚古墳発掘調査報告書より、飛鳥の八角墳〜中尾山古墳〜

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