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zoom RSS 赤尾熊ヶ谷古墳群  (あかおくまがたに)

<<   作成日時 : 2012/06/09 20:23   >>

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★ 所在地:桜井市赤尾
★概要:鳥見山から北西に派生する尾根上に形成された古墳群。宅地造成に伴い新たに発見された3基を含め4基の古墳が調査されたが鳥見山山麓には未だ多くの未発見の古墳が存在するものと思われる。
★発掘調査:2002年9月〜12月(桜井市教育委員会)

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●1号墳・・・方墳(一辺14m×16m)埋葬施設は長さ3.5m、幅1.6mの墓壙に刳抜式木棺が収められていたと考えられる。墳丘、埋葬施設ともに大きく流出しており出土遺物は見つかっていない。築造時期は2号墳との関係から4世紀前半と考えられている。調査後消滅。
●2号墳・・・方墳(一辺13m×12〜15m)高さ約1.5m。埋葬施設は長さ4m、幅2.3〜2.7mの墓壙に2基の刳抜式木棺が収められていた。出土遺物として棺内から内行花文鏡1面、ガラス製小玉、管玉、勾玉が墓壙内から鏃,槍、鑿、鉇、鎌、斧などの鉄製品と内行花文鏡、管玉、掘割から古式土師器などが出土しており4世紀前半の築造と思われる。調査後消滅。
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●3号墳・・・方墳(一辺16m×15m)高さ約2.5m。埋葬施設は長さ5.4m、幅1.7m前後の墓壙に刳抜式木棺が収められていた。木棺は長さ5.2m、幅60〜67p。出土遺物として棺内から剣、勾玉、玉類ら棺外から刀の他、円筒埴輪、鶏形埴輪が出土。埴輪や副葬品から5世紀前半〜中頃の築造と思われる。
●4号墳・・・円墳(径6m)高さ1.755m。埋葬施設は東に開口する無袖式の横穴式石室。現存長3.5m、幅0.84m。石室内からの出土遺物は須恵器壷の小片のみで築造時期の判定は困難であるが石室等の状況から概ね7世紀初めの築造と考えられている。調査後消滅。
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見学記 おすすめ度
宅地造成に伴い発掘調査されたのが2002年で当時、現地を見学したが見学会はなかったし、行ったときは担当の方も、不在でほとんど印象に残っていません。今回紹介した4基の古墳のうち3号墳を除き調査後消滅しており現状は住宅街になり、その面影は全く感じられません。尚、この古墳群の周辺(鳥見山山麓)には未確認の古墳が更に存在しているとの事でこの古墳群の位置づけは今後の調査と、あわせて考える必要があるかと思います。個人的には額田王の娘の十市皇女が赤穂(赤尾か?)に葬られたとあり、いつの日か「十市皇女の墳墓発見!!」という事もあるかも知れません。ロマンの世界かも知れませんが(笑)・・

【参考文献】
・赤尾熊ヶ谷古墳群  桜井市教育委員会

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